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Channel: スライダーズおやじ
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ムスメが産まれた時のこと

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平成4年5月26日だ。
僕は当時、大型長距離トラックの運ちゃんで、週に2泊3日を3本走っていた。
 
日曜の夕方に新潟を出発し、月曜の夜明け前に東京に到着。
朝になったら積み荷を降ろして、午後に荷物を積み、火曜の午前中に新潟で下ろす。
その日にまた荷物を積み、しばらく自宅でゆっくりし、晩御飯を食べて風呂に入ったら出発。
日~火の2泊3日、火~木の2泊3日、木~土の2泊3日を終え、土曜の夜は家の布団で寝る。
 
その日は火曜日だった。
うちに帰ると、細君は破水し、病院に行っているとのこと。
 
いよいよ子どもが産まれるんだなーと思い、車を走らせた。
夕方のラッシュの、田舎の幹線道路。片側一車線。
 
空が黄金色になって、「あ、産まれたな」と感じた。
 
病院にかけつけると、細君の両親が待っていた。
「産まれたって! はやくいきなさい!」
 
そこの病院の方針で、新生児はまず親に会わせるというきまりになっていた。
それで、細君の両親は、初孫の顔を見るのを足踏みしながら待っていたというわけだ。
 
僕はドカジャンを脱ぎ、なにやら、かっぽう着のようなものを着させられた。
消毒スプレーを吹き付けられ、分娩室に入った。
 
するとまず、分娩台の細君が目に入った。
なんとも、やりとげたぜという顔をしていた。
 
唇の上のすべての縦皺に、乾いた血が固まっていた。
歯を食いしばって痛みに耐える際、唇が裂けて血が滲み、分娩台を照らす照明がそれを乾かしたのだという。
 
看護婦さんが小さなムスメを持ってきて、僕に手渡した。
感激に手が震えた。新しい命が誕生したんだなと。ようこそ。
 
この子は僕のものではない。
神様からの預かりものなんだ。この子にいっぱい教えてもらおう、と思った。
 
僕はあらためてムスメの顔を見て、絶世の美女というタイプではなさそうだゴメンよきみ。
でも、絶対幸せになるよと、心の中で頭を下げた。
 
抱かせてくれたかと思うと、すぐに看護婦さんが僕からひっぺがし、細君の両親を入室させた。
細君の両親は、それはそれは嬉しそうに、ムスメを抱いた。
 
ほどなく、僕の親もやってきた。
 
細君のご両親と嬉しそうに話していて、僕もなんか、とても感激だった。
僕はしばらく、個室に移った細君の傍らにいた。
 
この先のことが思い出せない。
運行したんだっけ?
 
なんか、配車係の三好さんが、今日は別の者に走らせるから休んでいいよ、と言ったような気もする。
ああ、そうだ。
 
それで、別の者って誰だよ? と思ってたら、よその運送会社に外注して、俺のトラックの荷を移し替えて運んでくれてたんだ。
 


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