最近ようやくわかってきた、頭のいいヤツと頭の良くないオレの違い。
それは物事に対峙したり処理したりするにあたり、順番を正しく判断でき、理性的に進めることができるか否かということだ。
例えば本を奥の寝室から取ってくるために、椅子から立ったとする。
その瞬間、自分の尿意に気がついたが、自分は本を取って来たいんだという最初の思いの方を優先し、おしっこをあとまわしにしてしまう。
我慢できる範囲なんだからかまわないと思っているのかもしれないが、これは効率の悪さのほか、リスクもはらんでいる。
先に用を足し、手を洗い、本を取りに行くという順番なら、取ってきた本をテーブルに置き、拾い上げるという手間が要らない。
また、本を取りに行ったあと、いざトイレへ向かうと、タッチの差で家族に入られてしまい、しばらく出てこない、ピンチ! といったパターンもあるわけだが、この可能性を想像できていない。
頭の良し悪しの影響は、あらゆるところに影響し、時間や資源、可能性なんかを無駄にする。
風呂で、カラダとアタマのどちらを先に洗うか。僕はアタマから洗うけど、カラダを先に洗ってそのままアタマを洗えば、せっけんやシャンプーを流すために使うお湯の量や時間が節約できるかもしれない、とか?
いや、こういうことをいちいち考えなくても、正しく判断できるひとが、アタマのいいひとなんだよな。