あれは3年前 6年前 12年前。
今年も311が来ます。
あのとき僕は、新橋の本社ビルの1階にいました。
職場のテレビモニターに映し出された大津波を見て、2万人死んだと思いました。
実際はもっとでした。
動かなかった電車の代わりに走ったよ。
ムスメは当時交際していた同級生と渋谷に行っていて、徒歩でうちまで帰ってきました。
電話は通じないし、彼のご両親が心配してるといけないからと、赤羽の彼の家までタンデムで送り届けました。
えらい時間がかかった。
オーバーパンツなどの防寒具を貸したんだけど、ついたとき、彼は鼻水ダラダラ垂らしてました。
俺もたらしてたかな?
渋滞で自動車のヘッドライトが僕の足を照らすと、暖かいというのを知りました。
ところで。
届いた手紙は黒い縁取りがありました〜♪ って、
なんで手紙? ふつう、ハガキじゃね? と思いました。
まあえい。
俺、あの日の津波の中継見て思った。
俺が大事にしている靴とか、単車とか、ミニカーとか、ギターとか、パソコンとか、あんなのが一発きたら全部なくなっちゃうんだよなって。
たまたま俺の家には津波が来なかっただけで、津波で全て失っちゃった人だって、前日にはまさか、ぜんぶ無くすことになるとは思ってなかったんだろうなと。
タイマーズの原子爆弾ブルースって曲で、
「美男子も美少女もたった一発 顔は焼けただれ髪の毛抜け 血を吐きながら死んでいくのさ〜」
って歌詞があるんだけど、
津波の映像見た時、その曲が浮かんだ。
2万人以上の亡くなった方たちの未来は、全部消えちゃったんだなと。
ウクライナとロシアの戦争でも、何万人も死んでる。
未来のあったはずのみなさん。
子孫を残せなかった人もたくさんいる。
もし戦争がなければ、すごい発明をした人が今日、生まれていたかもしれない。
なんなんだろうね。
災害とか、戦争とか。